2007年6月21日木曜日

加齢に比例する実感

昨日、放映されていたNHKの生活ホットモーニングの特集は
<愛犬の老いに向き合う>という、なんとも時代を象徴する内容でした。

人間社会のみならずペットの世界にも押し寄せる高齢化現象。

飼い主としてこれにどう向き合うかという様々な取り組みは、飼い主の端くれとしては大いに参考にさせて頂きたい為になる内容でありつつも、一方でここまで平和の究極に突っ走っていいのかという気分も芽生える複雑さ。

何はともあれ、我が家の愛犬ラブラドールレトリバーも
この年末に満10歳を迎える以上、立派な老犬の域に到達しております。
飼い主及び、ご近所さんの間では通称「バレンちゃん」と呼ばれていますが
血統書上の正式な名前はバレンタインと申します。

普段はこの正式名できちんと呼ぶことはめったにありませんが、
唯一、かかりつけの獣医さんにおいてのみ、それで呼んで頂けます。

ちなみにこの獣医さんのスタッフの電話応対は毎回、凄くて驚かされます。

何が凄いかと申しますと、時々、電話をして「水谷です」というだけで
即、「バレンタインちゃんはお元気ですか?」と反応が返ってくることです。
たまたま、水谷という患者は我が家だけなのでしょうか?

仮にそうだとしても、飼い主はともかく、そのペットの名前まで
きちんと諳んじているなんて、凄くありませんか?
いったいどんな工夫があるのか教えてもらいたいくらいです。
もしかすると携帯電話のアドレス登録のような感じで、ペットの名前が
電話機のディスプレイに表示される仕組みになっているのでしょうか?

それならば、どこかの不行き届きな美容院にもぜひ、教えて上げたいものです。

かくして、日々の努力や創意工夫は必ずどこかで評価され、確実に信頼の芽を育むものであることは加齢に比例して濃くなる実感のひとつでしょうか。

2007年6月20日水曜日

誠実に決意をこめて!

梅雨の晴れ間の真夏日モードの本日はオフ!

そこで平日の醍醐味を満喫すべく、行きつけの美容院に予約電話を入れました。
「こんにちは、水谷です。1時からカットとカラー、いけるかな?」

普段なら、これでスイスイとことが運ぶはずなのに
今日は「すみません、下のお名前は?」と聞かれてしまいました。

新人さんかな?と思いつつ、フルネームを名乗って待つことしばし。
すごく久しぶりに保留音を聞かされました。
その挙句、指定した時間に対して「その時間は大丈夫ですけど、、」とのお返事。
悪気ないのはわかりますが、本来は「お待ちしております」と言うべきところ。

長年の固定客に対して、こういう対応ってかなり具合が悪いのですが、
この程度をわざわざ店長に注意するのは、はっきり言って面倒くさい。

とは言え、気持ちの底にうっすらと埃が積もるような不快感は拭えません。
やがて、そのうっすらが何層かになったとき、ドカンと落ちる雷になるのか。
何も言わず、見切りをつけることになるのかはわかりませんが、ちょっとしたことが信頼失墜の契機となることを肝に銘じたいと痛感する瞬間です。

そう考えたら、大小を問わず、クレームを言ってくださるってことは本当に
有難いことですが本気でそう思っていない、気付いていない経営者、管理者、そして当事者も実際はビックリするほど沢山いらっしゃいます。

ピシャリ!と耳の痛いご意見に対して、あろうことか露骨にいやな顔をする!なんてことが朝飯前技にならないようにくれぐれも注意したいものです。

もしこうしたご指摘やお叱りを受けたら、不愉快さへのお詫びの言葉に続けて
誠実に言葉に決意を込めて、「二度と起こさないように気をつけます」
あるいは「今後このようなことのないよう、気をつけます」と言います。

2007年6月19日火曜日

潔く認める言葉

最近、ヒヤッ!とすることの代表選手はまちがいなく自転車の存在です。
以前にも書きましたが、どんどん走行マナーが悪くなる一方のようですね。

歩道を歩いていてスッと後ろから追い越されるときに、
あわや接触!みたいなことが日常茶飯事なので、結構恐いし、危ないし。

さすがに犬を連れていて、歩道を占領して歩いているときには
何らかの合図をしていただけますが、
なんとかならないものかと思案の深まる課題です。

運動神経の塊のような若さゆえの自信過剰の強引な走行は
正直、いつ事故につながっても自業自得といいたくなるほど乱暴でもあります。

反対に見ているこちらがドキドキするようなお年寄りの走行も恐ろしい。

さて、そんな事故につながりそうな<不注意>の種は
自転車走行のみならず、職場でも大小さまざまに存在します。

悪気なく、ちょっとした油断が重なった不注意が原因となるトラブルが
どれほどの大事件になるかは時の運、不運みたいなものかもしれませんが、
「やってしまった!」と気付いたときには潔く非を認める体質が得策です。

自分自身の準備不足や配慮不足、あるいは注意不足のみならず、もう一歩念を押しておけば防げたような点検不足も含めて、そこから生じたミスに対しては「不注意でした、申し訳ありません」と頭を下げるしかありません。

事態の深刻さによっては「私の不注意からどんでもないご迷惑をおかけし、誠に申し訳ございません」と謝罪して、最敬礼の90度まで頭を下げます。

「明らかに私どもの不用意でした」や「私の点検が不十分でした」等など。
背筋の伸びた敬礼動作とともにしっかりと謝意を表わします。

2007年6月18日月曜日

咄嗟の醍醐味

<いつでも、どこでも、誰に対しても>サラリと使えるようになりたい
<大人の話し方>は実はコミュニケーション・ストレスの軽減にも効果的です。

なぜなら<自分の意思や感情>をできるだけ正確にわかりやすく、そして上手に、相手に伝えることが出来れば、それだけで話す側としてのイライラ感はゼロに近づき、もどかしさストレスからは脱却しやすくなります。

ところが実際には言いたくても上手く言えない。
あるいはどう言えば良いのか、わからない。適切な言葉が見当たらない。
さらにはこの言い方で間違っていないのか自信がない、等など。

そんな各人各様のもどかしさや気持ちの葛藤が困った表情や額ににじむ汗で
相手に伝われば良いのですが、懸命にうつむいて言葉を模索する態度が
ただ反抗しているかのように見て取られることも残念ながら有り得ます。

こう考えてみると<大人の話し方>の醍醐味は咄嗟の反射神経フレーズで、
まずは揺ぎ無い【誠意】を見せることにあるのではないかと思い至ります。

となれば、困った事態のときほど有効という見方も出来ます。

そこで困った事態に直面した想定で、言葉とその言い方で、
誠意ある<大人度アップ>を目指したいと思います。

たとえば、職場で先輩や上司から、何某かのミスを指摘された場合に
よくある光景は「あれ、おかしいな」や「えっーとこれはですね」と
しどろもどろでゴチャゴチャ言い始めるパターンです。

指摘された通りのミスならば、四の五のいわずにスパッと一言。
「気がつきませんでした」と素直に謝るのが好感度大です。
「気がつかなくてすみません」や「気がつかず、失礼しました」等

さんざん言い訳や弁明をした挙句、最後にこの表現に辿り着くのでは
効果はゼロに等しいと心得たいくらい順番が大切です。

2007年6月17日日曜日

ひらめき脳!(著者:茂木健一郎)

タイトル:ひらめき脳<0.1秒で人生が変わる!>
著者:茂木健一郎(脳科学者)
出版社:新潮新書
680円(税抜)

<大人の話し方>が目指しているものは、結果としての良好な対人関係です。
その良好さがもたらす相互の居心地の良さや
その集積としての快適環境の創造こそが心底、目指しているものといえます。

それだけに初対面の相手以上に身近な職場の仲間や
長いおつきあいの相手とのごく日常的な会話の中でこそ、
鍛えたい課題でもあります。

めったにおめにかからないような遠方からのお客様やご新規様に向けては
出来るけれども、毎日お顔をみるようなご贔屓様には出来ないという
<よそ行き発想>ではなく<いつでもどこでも誰にでも>が至上命題です。

そのための言葉と動作とそして身体の雰囲気。存在そのものが問われます。

考えてみれば、長い時間をかけて連綿と引き継いできた人間育成の根本課題としての<躾>への見直しこそが、お互い様の<快適>創造のために早急に着手せねばならない最重要課題に相違ないという次第です。

どこかのタイミングで受け損ねたバトンを完全に見失ってしまう前に、何も持たぬまま走ってきた距離を勇気を持って後戻りし、そこから拾い上げてしっかり握りなおして、もう1度走り始めることがいま、必要なことです。
やり直す勇気さえあれば、きっと出来ると信じています。

それにしてもグングンと不快指数が高くなるこれからの季節に向けて、
対人関係の不快指数軽減のためには勢い、即効性の高い荒技へのニーズも強まります。そこで本日お薦めしたいのは、不快モードの他人はさておき、まずは自分の殻を自分のために打ち破るための手掛りとなる1冊。

2007年6月16日土曜日

身構えないための心構え

<大人の話し方>を意識するとそれだけで、
いつもよりちょっと背筋が伸びるような感覚が伴いませんか?

ほんのすこしよそ行きの雰囲気で、わずかに背伸びして、
爪先立ちのようなイメージとでもいいましょうか。
やがていつの日か、それが上手に出来るようになるために
誰もが通らなければならないレッスンのプロセスがそこにはあります。

但し、妙に<身構えて>しまわないようによくよく注意したいものです。

それって微妙な違いなのですが、相手に与える印象はずい分異なります。

たとえば、とても偉い方にご挨拶する場合に決して粗相があってはならないからと緊張しすぎると、反ってギクシャクした動きになるようなものです。

真面目に真剣に向き合うことはとても大切ですが、
普段以上のことは俄か繕いで挑戦しても出来るはずがありません。
この前提に素直に向き合えれば、自然体ながらも
精一杯背筋を伸ばした、好感度な身体モードが完成されます。

反対に何とか実物以上に良く見せようとか、虚勢を張ろうとすると、
途端に余計な力が加わって、見事に<身構えた姿勢>が出来上がります。

ちなみに<身構える>という身体には明らかに戦いのモードが存在します。
つまり敵対的交渉の雰囲気を無意識の内に纏っていることになります。

その<身構えた>状態で、心を開いた良いコミュニケーションが
はかれるはずもなく、事態は決してよい方向には向かいません。

相手との良好な関係を真に願うならば、お互い様に<構える>のではなく、
目下に対しては<受け入れる>と思うことがポイント。
目上に対しては<懐に飛び込む>つもりで接する練習が必要です。

2007年6月15日金曜日

言い訳は<百害あって一利なし>

今月も今日で半分経過、折り返しです。

しかも週末の金曜日なのでいっそうキリの良い気分を覚えるのは、おそらく完全週休2日制のサラリーマン時代の記憶の為せる業ですね。

かつ至って個人的な事情ではありますが、来週早々に<ちょっとした記念日>が迫っていることもあり、なんだか勢い背筋が伸びてきそうな週末です。

さて、すっと伸びた背筋は実に美しいものですが、自然体で常時これが実践できるようになるためには、やはり日々の鍛錬が必要です。
同様に<大人の話し方>もよそ行きモードのときだけ使用可ではなく、ごく日常的な場面での実践を心がけてこそ上達も早くなるというもの。

そこで昨日の<言ってもしょうがないこと>の代表選手として、何らかのトラブル発生時の<言い訳>に注目いたします。
<大人の話し方>では原則として<言い訳はいかなる場合も厳禁>です。

「えー、なんで!」とか、「そんなー」とか一切なしで、ダメなものはダメ。
「いえ、それは、、」も「そうじゃなくてですね、、、」も百害あって一利なし。

たとえば遅刻した場合も、何かミスをしてお叱りを受ける場合も、お客様からのクレームも、とにかく何某かの事情で相手から注意されたり、叱られたり、意見される状況に立たされた場合、<言い訳>ほど事態を悪化及び複雑化させるものはないと心得ておきたいものです。

<大人の話し方>としては何はともあれ、相手に迷惑をかけた、不愉快にさせたことに対して、まず素直に謝ることを優先させます。
基本の言葉は「失礼しました」もしくは「失礼致しました」です。

潔く、素直に非を認められる謙虚さは成長のための必須能力であり、最大の栄養素でもあります。ラッキーな体質獲得のためにこれは絶対、早期獲得を!