日常の立ったり、座ったりという何気ない基本動作に【評価するのは他人】という視点を加味してみると、更なる課題が垣間見えます。それは動きに伴う音というテーマです。結論から申せば、私たちの様々な動作は意識がなければ案外、都度都度おおきな音を立てるものです。反対に強く他者のへの配慮を意識している時には、ほとんど音がしなくなります。つまり不用意で耳障りな音が付き纏い始める理由は他人への意識の欠落と言うことが出来そうです。
たとえばテーブルにコーヒーカップを置くときに、最後まで気を抜かなければ、かすかな着地音はほとんど耳には聞こえてこないものです。ところがこれを怠るとガチャン!とぶつかるような音がします。あるいは最後まで手を放さなければ、防げたはずのドアが閉まるときのバタン!という大音量。些細なことのようですが、試験会場などによくある2人がけ長机に座っている場合、心配りが細やかであれば消しゴムの使い方も違ってきます。あまり机を揺らさず、お隣さんが字を書く邪魔にならないように気をつけるはず。ところが現実は隣のことなどお構いなしの我関せず、机ごと揺らしているかのような勢いで消しゴムを使うという、びっくりするような光景が平然と繰り広げられたりします。
同様に椅子から立ち上がるときにも、意識がないと思いがけなく音を伴います。特に正しく座っているときほど、浅く腰掛けているため、腰を浮かした反動で椅子に弾みがついて思わぬ音を立ててしまうことになります。まっすぐ上に立ち上がるその瞬間に、わずかに指先を座面に添えたり、反動を極力つけないように意識したり、小さな工夫が大きな印象の差を生み出すことになります。
時々、となりのトイレの個室からガラガラ!!と物凄い勢いでトイレットペーパーを巻き取る音がして、いったいどんな御仁かと顔を拝んでみたくなることすらあります。個室だからとて油断大敵。気取っていても日頃の動作のツケはいつかどこかで必ず払わなくてはならないときが訪れるようです。
動作に伴う音、今日はあらためて虫の音ならぬ、自分発の音にご注目を!
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