2006年9月29日金曜日

坂道理論

毎年、この季節になると思い出すことがあります。それはある研修で『 実るほど頭を垂れる稲穂かな 』という有名な句の意味を尋ねた時のことです。
ハイ!と元気良く手を上げた、その人は『秋になって稲穂が実るとその重さで横倒しになることです』とお答えくださいました。この答えに会場中が笑いの渦に包まれ、『しまった!せっかく元気良く答えてくださったのに、恥をかかせてしまう!マズイ』っと咄嗟に思ったのですが、事態は予想を見事に裏切りました。この答えに対して、馬鹿にした笑いは会場のどこからも起こらず、あろうことか、『へーそういうことか』みたいな反応がそこかしこでざわざわと広がりました。『うっ、ウソ!何、この反応は?』という私の内心をよそに平然と自分のお答えに胸を張るご本人と概ね、それを受け入れているその他のメンバー。『違うがな!』っと、一括するのは簡単ですが、それは同様な意見の方々がそこそこいてくださっての突っ込みであるということを、しみじみ感じつつ、それにしても本当にそう解釈してたの?と世の中、聞いてみなきゃわからんなということを痛切に学ばせて頂いた記憶です。ここであらためて解説させていただくのも何ですが、あれからさらに歳月が過ぎたことを考えますと念には念を入れておこうかと思い至ります。もちろん事実はそのお答えの通りですが人生訓としての意味はそれではありません。【豊かに実をつけた稲穂が豊かであればあるほどその重さで自然とこうべを垂れるように、人間も偉くなれば成るほど、頭を下げて、すなわち腰も低く、偉そうぶらずにあらねばならんよ!】という訓戒であります。すなわち、ここのところのテーマであるお辞儀とも密接に関わる課題という次第。そこで週末ならではの【ラッキーの種】にこれを絡めますと、【坂道理論】というものに突き当たります。ご存知でしょうか?この理論。これは人生は山登りと同じという視点で人生に向き合う人の姿勢の在りようを指摘しているものになります。いわく、登坂にいる間は自然に頭が低く下がり気味で、からだは前傾姿勢を保っています。ところが頂上を極め、その頂点から下り坂に入るとからだは自然に後傾姿勢となり、まるで威張っておなかを突き出して歩いているかのような姿勢になります。地形への対策として当たり前なのですが、云い得て妙!な実態にハッとさせられはしませんか?
目指す頂に辿り着いた後も、更なる高みを目指さなければ、すなわち夢は見続けなければ、登坂にい続けることは出来ないのです。裏返せば、前傾姿勢でいることで上り坂に向き合え続けるという可能性もありではないでしょうか?

しっかりしたお辞儀は都度都度、謙虚に人に頭を下げてゆく精神性を鍛えてくれるとともに、目には見えない人生ステージの設計切り替えアイテムかもしれません。
心を込めて誰かの胸に沁み入るようなお辞儀をやっぱり手に入れたくなりますね。

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