2006年12月31日日曜日

ゴール<最速で成果が上がる21ステップ>(著者:ブライアン・トレーシー)

タイトル:ゴール<最速で成果が上がる21ステップ>
著者:ブライアン・トレーシー
初版:2006年4月28日
出版社:PHP研究所
1、400円(税抜)

本年、最後の日です。振り返ってみてどんな1年でしたか。
良いこととそうでないことの出現率はどういう配分だったでしょうか?

何はともあれ、本日の最も大きな仕事はこの1年の総決算を行うことですが、
多くの場合はそんなことはそっちのけで日頃の2倍3倍の勢いで、慌しく掃除やら買出しやら、新年に向けての準備に追われて過ぎてゆきます。

そこで本来ならば、他の何を差し置いても<今日すべきこと>とそれを今日、出来るように<明日しておかなくてはならないこと>をこの1年の締め括りとして、ご紹介したいと思います。

<今日、すべきこと>は本年の出発となった平成18年1月1日に掲げた目標の成果診断です。どれほどの夢が実現したか、その検証を行うことになります。

検証するためには、当然、目標の記録が必要です。それは手書きでもパソコン資料でも構いませんが、作業はそれを眺めながら行うことになります。
(もし、手元にそれらしきものがないとしたら、残念ながら検証は不可能ですが、迎える新しい年の大晦日にこそ、この検証が出来るように明日準備しましょう。)

実現できたものは、赤線で消去し、少なくともその数の分相当の新しい夢を
明日、元旦に加えられるように今晩のうちに思いを整理しておきます。

つまり<明日しておかなくてはならないこと>とは目標の設計、追加とその明文化という作業になります。こうして『1年の計は元旦にあり』が実践されることになり、毎年の積み重ねで着実に夢が実現されることになります。

2006年12月30日土曜日

願いを込めて、袋!

家族や親しい間柄での心を込めたやり取りとしての<お便り>であれば、実のところ書式などを気にすることはありませんが、ビジネスレターとなるとやはり基本の書式くらいはきちんとマスターしておかなければなりません。

このあたりが面倒な気分を盛り上げる最大の難所と思われがちですが、あにはからんや、実際は基本のパターンさえ覚えてしまえば案外、簡単です。

特に<頭語>と<結語>はそもそもペアになっていますので悩む必要は一切、ありません。ビジネスレターの場合は相手に対して<大いに尊敬を表わす言葉>として頭語が「謹啓」で結語は「謹言または敬白」になります。

また「拝啓」と「敬具または拝具」の組み合わせは、目上の方を含め、誰に対しても使える便利な組み合わせとして大いに活用しましょう。

「前略」と「草々」は前置きを省略して、いきなり本題や主文に入ってゆくだけに主にプライベートなお便りで活躍する組み合わせになります。
ご縁の初期においてのビジネスレターではあまり使用しませんが、おいおい親しみを込めて<往信>で使い始る分には何ら問題はありません。

これらに対しての<返信>の場合、「謹復」と「謹言または敬白」の組み合わせであったり、「拝復」と「敬具・拝具」になったりします。

こんなふうに組み合わせが決まっている言葉は至って便利なので、ひたすら使い慣れること。つまり回数勝負で「習うより慣れろ」という次第です。

そう言えば、大晦日の前の忙しさにも随分、慣れたせいでしょうか、新年の箸袋やお年玉用のぽち袋を自分で折ってみませんか?なんていう雑誌の特集を愉しんだり出来る余裕の今宵。

佳き年の到来を願って<袋>を折りましょう<不苦労>を祈って。

2006年12月29日金曜日

好きこそものの上手なり

昨日及び本日が仕事納めの職場もあれば、年末年始こそハードワークが待っている職場も多々あります。いずれにしても年の瀬ならではのあわただしさだけは平等に、まるで今朝からの雪のようにしんしんと降り積もります。

さて、ビジネス文書における<お便り>は昨今はパソコン任せがむしろ常道。見やすい、読みやすい、に加えて、書きやすい、素早いという双方のメリットが見事に一致しておりますので、この流れはもはや確定感が漂います。

但し、いささか込み入った礼状や詫び状などは原則、直筆と心得ておいた方が良さそうです。もちろんプライベートな手紙や目上の方へのお願い事なども直筆がベースになりますので、まだまだ折衷時代は続きます。

そうは言ってもあまりに悪筆の場合は文面はパソコン文字ながらも、せめて署名だけは直筆にします。加えて素っ気ない事務用の上質紙ではなく、和紙や少し手の込んだ紙などで、丁寧に向き合っている誠意を示します。

そんな工夫も含め、何事によらず「好きこそ物の上手なり」の言葉通りにあれこれ考え、延々飽きもせずに続けられることは間違いなく上達します。

芸事然り、料理然り、家事然り、スポーツ然り、仕事もその意味では同じです。
となれば、好きなことを仕事にする、あるいは好きなことしか仕事にしない。そんな原点にしっかり向き合うことが、物凄く重要なことかもしれません。
しかし、そんな視点の教育が世の中のどこかで行われているのでしょうか?

残念ながら個人的な記憶においても、そんな視点で誰かに<生き方>や<仕事への向き合い方>を教えられたことは1度もなかったように思います。

むしろ好きなことをやっているだけじゃ、それだけじゃ、人生を生きてはゆけないからと諭されて、仕方なく、悟ったふりをしたのではありませんか。

1年のつもり積もった何かを払い落としながら、新しい年へのラッキーの種である<大好きなもの>を突き詰めてみたい年の瀬です。

2006年12月28日木曜日

書く愉しみの所以

<タイミング>と<丁寧さ>を意識しながらお便りを書くにあたっては、一般的には万年筆の黒または濃いブルー系のインクがスタンダードのようです。
もちろん由緒正しく日本人らしく縦書きの筆文字もかなり格調高いスタイル。

めったに頂くことはありませんが、巻紙に筆文字などで礼状を書き綴り、いささか度肝を抜くような企みが個人的には大好きです。

ちなみに愛用の万年筆なんぞはお持ちでしょうか?この際、本気でお便り上手を目指すのであれば、思い切ってそんな筆記具を入手されることも近道かも。

最近は実に様々な筆記具が沢山出回っていますので、手に合うもの、懐具合に合うものも見つけやすいはずです。
お気に入りの1本があれば書く愉しみもグンと広がります。

個人的ではありますが、書くという愉しみが飛躍的に広がった挑戦の記憶としては、サラリーマン時代の通信教育で学んだ筆文字があります。学ぶ動機は至って単純明快。その年齢ならばこそで出席する機会の多かった結婚式の芳名帖に筆文字でスラスラと自分の名前を書きたい!というものでした。

合わせてその費用の半分を会社が負担してくれるという制度も魅力的でしたし、何より<らくらく筆ペン講座>という堅苦しさの無い名称に惹かれてトライ。

結果、本当にらくに筆文字が書けるようになり、社内で慶弔ごとがあれば祝儀不祝儀袋の表書きをほとんど一手にこなすまでになり、筆ペンオンリーながらも<芸は身を助ける>という言葉の意味がかすかにわかるような体験でした。

頼まれて書けば、書くほど達者にもなり、今更ながら筆を前にして怖気づくことがないだけでも有難い!と心底感謝していることのひとつです。

そういえば、もう目の前に迫ってきたお正月にしか味わえない楽しみとして、<書初め>に挑戦なんてことも視野入れたい課題ですね。

2006年12月27日水曜日

細部に宿る<丁寧さ>

お便りを書く上で<タイミング>と同じくらい大切にしたい課題は字の上手下手や文章構成力の巧みさではなく、そのはがきや手紙を書く姿勢の<丁寧さ>かもしれません。

<丁寧さ>が求められる場面は実は生活の随所に存在します。

たとえばお茶碗など食器を洗うときには丁寧に扱う心構えがなければ、簡単に割れたり傷ついたりします。あるいはお客様にお茶を出す仕草にも<丁寧さ>はしっかり見えています。さらには誰かをお見送りする身体の姿勢にもそれは明らかに存在し、そうしたものの積み重ねの上に人柄があるのかも知れません。

同様に頂いたお便りには宛名書きひとつにも<丁寧さ>という課題がしっかりと評価されるべく目に見える文字とその形として明解に存在しています。

それはたとえば、切手の貼り方ひとつにも如実に見えてくるものです。
貼り方そのものが歪んでいたり、切り取り方が雑なせいでいびつだったり、あるいは逆さまだったり。はじっこが剥がれてたり。のりがはみ出していたり。

そうした細部に垣間見える<丁寧さ>への厳しい点検の視線を知っていればこそ、人はお便りなるものについ尻込みをしてしまうのかもしれません。

そんな些細なことなどどうでもよいじゃないかと思いたい気持ちはわかりますが、如何せん些細なことや枝葉末節が気になるのが人の常だという事実に目を背けることは出来ません。一事が万事と真に気付いていれば、何かを通して身に付くものがあらゆる状況で発揮される力になるのは道理でもあります。

心がこもったお便りを<丁寧>に書く癖付けは偶然身につくものでは在りません。それだけに意識して取り組みながら、実践と継続を強く決意すること。
その結果、身につく<お便り上手>は思いのほかに重宝で有効な武器です。

新しい1年に掲げる目標のひとつにしてみてはいかがでしょうか?

2006年12月26日火曜日

お便り上手への第一歩

はがきや手紙を書く上で、まず大切なことは<タイミング>です。
つまり、いつ書くかということが殊のほか重要です。特に何かを頂いた場合やお世話になった場合の礼状は原則、3日以内に発信すると心がけましょう。

これは受け取る側の気持ちが何某かの行為に対してホットな気分から冷めやらぬ内が、感謝の気持ちを届けるタイミングとして重要という意味です。

たとえば誰かにプレゼントした心持ちなってみれば、よくわかることですが、
一生懸命に選んだ品を気に入ってくれたかどうか、反応が気になるものです。
そんな気分の間に礼状が届けば、素直に嬉しいものですし、「また何かしてあげたいな」と思えるはずです。心が心に応える瞬間がこうして生まれます。

但し、それも数日の間こと。誰であっても1週間も半月もそんなことばかりを気にし続けてはいられません。このため素早い礼状でなければ、せっかく書く礼状の価値が下がるという事態になってしまいます。

しかもあまりにもタイミングを外すと「今頃になって何?」とかえって間の抜けた対応だけが強調されることにもなりかねません。これはあきらかに避けたい事態のひとつです。せっかく努力して報われないならしないほうがマシ。

長期出張などの事情で遅延理由を申し述べたときに、それは致し方なしと相手が納得してくださる場合以外は、我が身の筆不精を深く反省する貴重な機会にとどめおいた方が無難かもしれません。

それにしてもお便りはすぐに書かないと結局、書けず仕舞いになりがちです。思い立ったらすぐに書く!が筆不精を改善するための第一歩といえます。

となれば、<タイミングよく書ける環境整備>こそが、はじめの一歩です。
できればお便りボックスとして、切手やレターセット、書きやすいペン等のグッズをひとまとめにしておくこと。そんな工夫は万全ですか?

2006年12月25日月曜日

通信手段の点検整備

名刺の活用に関しては<お便り>を書くことが主題です。では何を書くのか。どのように書けば良いのか。筆不精を自認する方が多い中、はがきや手紙を書くことにまつわるおもてなしの心や表わし方を取上げてみたいと思います。

もちろん今時、便利なビジネスメールに活用できる点も沢山ありそうなので、あらためて<書く>という作業の技の点検も目指します。

特に昨今のビジネスシーンにおいては一人に1台が当たり前のパソコンの普及のおかげで<書く>というよりは<打つ>という作業感覚の変化も軌道修正の狙い目かもしれません。確かに仕事においては超がつくほど便利極まりない武器の獲得でしたが、その分、人の手はペンや筆という道具を使いこなす筋肉を著しく衰えさせてしまったことも揺ぎ無い事実です。

筋肉の廃用性萎縮の原則に照らせば、このままではどんどん退化するしかない手の使い方を一方でしっかり意識しつつ<書く>ことに向き合ってみます。

ちなみに年賀状はパソコン派?それとも手書き派?あるいは折衷派?

ようやくひと段落した我が家のソレもいつの間にか、パソコンの独壇場です。
せめて宛名くらいは手書きで!と思っていたのも遠い昔。いつしか便利さに負け、今はせめて一言くらいは自筆のメッセージを書くというのが土壇場の課題。

頂けば嬉しいはがきや手紙を最近、どのくらい貰いましたか?書きましたか?
あらためてそんな問いかけに心が<ギクッ>とか<ズキッ>と反応するようであれば、まだ大丈夫。はがきや手紙の効用がよく、よくわかっている証です。

確かに電話は早くて便利、でも相手の都合はお構いなし。その点、メールは時間を選ばず、確実で記録も残るがいささか一方的。はがきや手紙は書くのがメンドウ、でも自分の言葉と文字がしっかり心を伝えてくれるのが強み。
まずは様々な通信手段のメリット、デメリットを理解して、状況に合わせて自在に使い分けられるのがスタートラインといえそうです。

2006年12月24日日曜日

病気をよせつけない生き方(著者:安保徹、ひろさちや)

タイトル:病気をよせつけない生き方
著者:安保徹(免疫学者)、ひろさちや(仏教学者)
出版社:ぶんか社
1、400円(税抜)

良い対人関係のための様々な心使いがおもてなしの技を磨き、鍛え上げてゆきますが、<名刺活用レシピ>もその数多い課題に向き合うひとつの方法論です。

故に出会いを大切にしたいと真に願う心が出発点になければなりませんが、
そうはいってもどこかで打算が働くのもビジネス上は仕方のないこと。
ところが「これだけしたのだから」と期待して挑むとガッカリする可能性のほうが大なのでここはぜひ、自己満足モードでの取り組み姿勢をお薦めします。

さて、個人的な実践経験をもとに、名刺活用レシピの成果を眺めてみますと、何よりも信頼を得やすいという側面が非常に大きかったように思っています。たかがはがき1枚であってもその実践、継続は決していい加減ではできないという評価がもたらす信頼感はその後の関係に当然よい影響をもたらしました。
同時に予想外の成果として享受したものは、待遇が変わるという事実でした。

特に当方の継続的な努力に対して、何ら反応がなかった場合において、その相手の方と後日、偶然どこかで再会した折には、実に心地よい待遇となります。

「ご無沙汰しております。何度もご丁寧なお便りを頂きながらお返事もせずに申し訳ありませんでした。お元気でいらっしゃいましたか?」とかなり饒舌にしかも愛想よくご挨拶をして頂き、空白の期間にどれだけエネルギーを使ったかという実績だけが評価される舞台として労が報われる瞬間です。

その意味では人は実に正直で、そして悪気なく無精者!ということに、思わずクスッと微笑みながら気付くことが出来た貴重な瞬間でもありました。

身体と心の健康にも、頑なに真剣に向き合うばかりではなく ちょっとばかし肩の力を抜いて不精モードがいいのかも知れません。

2006年12月23日土曜日

価値・勝ち・克ち

豊かなネットワーク構築のための名刺活用レシピは当然のことながら、年齢が若ければ若いほど効果的な手段のひとつと捉えることができます。
それは単純に考えてスタートが早いほど蓄積されるものが多いという側面もあれば、同じことを実践するにしても若くして取り組む方が希少さ故に高い価値を生み出す傾向が強いというメリットの側面もあります。

しかし、昨日までにご紹介した手順をその都度、実践していこうとすれば、
確かに手間がかかります。しかもターゲットは一人ではなく、複数存在します。よほどの覚悟が問われますが、人間は不思議なもので誰かに無理強いされたのであれば、それが相当平易なことでも簡単に挫折しますが、自ら決意したことであれば思いのほかに継続は容易いものです。

もちろん<3日坊主>と言う言葉が存在するように、自分で言い出しながらすぐに飽きてしまって、何でも中途半端になる傾向は誰にもあるものです。
そこで提案ですが、4日めに挫折したら、気を取り直して5日めから気分新たにやり直してみてはいかがでしょうか。
またもや挫折したら、数日してアッケラカンと仕切りなおします。
何度もこれを繰り返せば、いつのまにか<3日坊主>が連綿と繰り返されながらも実は継続されているじゃないか!という独自のスタイルが生まれます。

その実践の中で確実に鍛えられるものは<精神力>と<筆力>と<自信>です。

世の中の誰もが日々、経験していながら、実践の教訓として現場に輝かないもののひとつに<初めは誰でも下手>という事実があります。

手紙にしても、はがきにしても、スラスラ上手に書けるということはそれだけ量を書いてきた証に他なりません。そしてその力は企画書を書いたり、報告書をまとめたりという力の元にならないはずがありません。

この価値に気づけば、人脈という勝負に<勝ち>にゆくための、己への克ち方もなんだかハッキリと見えてきませんか?

2006年12月22日金曜日

未来のネットワーク

初対面でぎこちなく名刺交換をさせて頂いた相手の方とやがて意気投合して、人生最大の友を得るような展開もあれば、せっかく何某かの出会いがあっても結局、その1回限りになってしまうご縁も沢山存在します。

ところがよくよく考えてみれば、どちらの結果も所詮は自身が選択した対応のあげくの答えであることに気づくことが出来ます。

出会いにどう向き合い、それを如何に取り扱うかによって縁の紡がれ方は明らかに異なります。その主導権を相手に委ねるのか、自らが握るのか。
名刺活用レシピはあくまでも自らが主体的に向き合う姿勢を根本にしています。

さて個人的な経験から申せば、第1ステップへの反応がなかったために実施した、第2ステップのお便りに際して何らかのリアクションを下さる方はかなり稀といえます。言ってみればなしのつぶて状態ですが、反応なしの事情は思いのほか単純な筆不精であったりしますので、何らめげることなく、おおらかに爽やかに第3ステップのタイミングを見据えます。

時期は第2ステップから、またさらに数ヶ月を経過した頃合で、半年サイクルの年間行事的タイミングが便利です。たとえばお歳暮の時期のクリスマスカードや年賀状。あるいは寒中見舞い。その半年後のお中元期の暑中見舞いや残暑見舞いは日頃ご無沙汰している間柄でも何かと連絡を取りやすい時期なので、ここに焦点をあわせると他のお便りに適度に紛れる分、かえってさりげなく受け取りやすいアプローチのチャンスでもあります。こうして少なくとも3段階の亘る、地味ながらも熱心な働きかけがもたらすものは実践した人だけが手にすることが出来る、人脈という貴重な価値の源泉となるはずです。

ただ、出会った!という記録に過ぎない名刺では、それがホルダーの中に何千枚収納されていても何の価値もありません。この事実に気づけば、だからこそ、どの人とのどんな出会いも決しておろそかにしないと決意出来ます。

1枚の名刺から広がってゆく未来のネットワークは今、出来ることを精一杯、真剣に行うことで、間違いなくラッキーな未来への種蒔きとなります。

2006年12月21日木曜日

名刺活用の真のテーマ

さて、せっかく速攻で<おめもじの礼状>をお届けしたのに音信不通のまま、しばらく時間が経過した場合が第2ステップとなります。

このタイミングは<初めての出会いとその直後の葉書や封書の発信>から概ね三ヶ月くらい経過した頃がちょうどよい時期になります。
なぜ三ヶ月かというと有難いことにこの国には四季が有り、出会いがいつであれそこから三ヶ月ほど経過すれば、確実に季節が変わっているからです。

1月なら4月に春の訪れを喜ぶ便り。3月なら6月の入梅を題材に。7月の出会いならスポーツの秋、10月ならば、初春を寿ぐ姿勢で<ご機嫌伺いのお便り>がさりげなく書やすい、出しやすいタイミングということができます。

この場合、多少なりとも仕事のご縁がありそうな相手ならば、自社の何かの情報を絡めることも効果的です。たとえば展示会のご案内であったり、新製品のパンフレットをお届けしたり、あるいは最近の業界動向をオリジナルなファイルにまとめたような情報もインパクトのある連絡のひとつかもしれません。

どう考えても仕事のご縁が見えにくい場合は、素直にご縁の継続を願う気持ちで季節のお便りとして第2ステップに向き合います。

ダイレクトな営業活動においてはこんなにのんびりした展開では仕事にはならないかも知れませんが、名刺交換をさせていただいたすべての方が仕事がらみのお得意先や仕入先という関係になるわけではありません。

しかも一方で見方を変えれば、現在、携わっている仕事が未来永劫続くかどうかは、サラリーマンなら非常に考えにくい話でもあります。
となれば目の前の仕事に直結する、しないの判断軸ではなく、そもそも貴重な出会いを頂いた相手とどう向き合うかという対人関係の根本の姿勢が問われているのが、名刺活用レシピの真のテーマかもしれません。

この発信記録も当然、ホルダーの中のそれぞれの名刺に書き足しておきます。
これもまだ続く、次なるタイミングへの大切なステップです。

2006年12月20日水曜日

名刺の活用レシピ

<名刺の整理>に比べた場合、<名刺の活用>は大いに得意な部類にランキングされる課題かもしれません。特にネットワークの確立・拡大という視点で名刺を活用するためにはただホルダーに保管しているだけでは意味がありません。

そこから芽が出たり、花が咲くようにするためには当然、何某かの働きかけが問われることになります。

この働きかけには実は何段階かのタイミングがあります。

まず<はじめのタイミング>は名刺を頂いた直後です。可能ならばその日のうちにお会いできて嬉しかったこと、光栄であったことを感謝の気持ちとして
はがきや封書に書き記して、礼状として郵送します。

この時、オリジナルがあれば会社の便箋や封筒を使用しますが、はがきなどはシンプルな官製はがきを使用しつつ、切手だけは季節感やその土地らしいものなどに拘ってみるのも印象的かもしれません。

昨今ではこれをメールで行うこともかなり一般的になっていますが、立場や年齢や肩書きが上の方に対しては、メールでのお礼は差し控えた方が無難です。

いずれにしても初対面の出会いに感謝したアクションを実行した日付は、相手の名刺のどこかにメモとして記録します。
たとえば葉書をお出ししたのなら<2006・12・20?>という具合です。

この礼状に対して、打てば響く相手だったり、気働きに長けておられる方なら早々にお礼の電話が入ったり、同様に礼状が届いたりします。ここで何らかの形で仕事のご縁が動き始めた場合は<名刺の活用策>はもう不要になります。

ところが何の反応もなかったり、その後、進展なしの場合は次なる活用策の出番です。日頃はどんなタイミングを意識しておられますか?続きは明日に!

2006年12月19日火曜日

整理術指南は至難!

名刺の整理の仕方も実に人それぞれで、職場などでこれをじっくり観察してみると案外おもしろいものです。

たとえば<あかさたなの行別>に名刺を輪ゴムでひと括りにしていた先輩のやり方はかなりダイナミックでしたが、そこからお目当ての名刺を探すのは結構時間がかかりました。捜索途中で別の誰かの名刺を見つけて懐かしんだり、前に捜して見つけられなかったのが出てきて喜んだり、脱線しやすい課題も満載。

これを少し進化させたようなボックス型の収納スタイルも沢山の名刺の保管には重宝しますが、捜したり整理するのには勇気が求められるスタイルです。

また机上タイプのラウンド式ホルダーの愛用者が多いのは、何よりオシャレだからでしょうか。すでに机の上が満杯な方には不向きな代物かもしれません。

いずれにしても年に1度くらいは古いものを削除することも大切な作業です。個人的にはまさに今がそのタイミングという訳で悪戦苦闘しております。

年賀状の作成という大命題のもと、アドレスの点検やら部署、肩書きの変更など。名刺ホルダーを点検しているとすでに現役を引退された方の名刺があったり、悲しいかな他界された方のもあったり。あるいは結婚されて姓が変わったり、住所が変更になっていたりと何やかや手間がかかります。

新しい名刺をホルダーに入れていく愉しさに比べると、それを抜き出して削除するのは面倒かつ寂しいものですが、入れっ放しでは容量にも限界があり、活用することを考えれば適宜、更新がどうしても必要になります。

捨てにくいもののひとつに過去の年賀状と名刺があげられますが、いつぞやご紹介した風水的観点から申せば、取っておく意味はなさそうなので心を鬼にして、バッサリ処分したいのですが、、、これもいざとなると難しいものです。

それにしても時々、まったくどこの誰だかわからない名刺も出てきたりして、
「言うは易く行うは難し」を痛感し、整理術のご指導を仰ぎたい次第です。

2006年12月18日月曜日

名刺の整理手順

名刺の<整理>の出発点はまず名刺入れの形状から始まります。個人的には、ポケットが2つあるものが使いやすく、お薦めです。ひとつのポケットには自分の名刺、もうひとつには頂いた名刺をその都度入れるようにします。

名刺を仕分けしておけば、ポケットがひとつの場合に起こりがちな、間違って人の名刺を差し出すような失礼を回避しやすくなります。さらに名刺交換に慣れないうちは自分の名刺はあらかじめ、取り出した時にそのまま相手の方に向くように入れておくことも出来たりします。

営業職の方のように毎朝、チェックする習慣があれば良いのでしょうが、なかなかそうもいかず、出張先で自分の名刺が数枚しか入っておらず、慌てた経験もしばしば。その場では、正直にお詫びして先方の名刺を頂き、後日改めてご挨拶に持参するか、遠い場合は郵送の了解を取り付けておけば安心です。

いつだったか、表向きはともあれ本音は人脈獲得の会合に出席したとき、知人が自分の名刺を箱ごと持参してきたのには驚きましたが、そうした気合は見上げたものだといたく感心した記憶があります。

出来れば週はじめか週末に1回は名刺入れの中身の点検、補充、そして頂いた名刺の整理に努めたいものです。名刺ホルダーは様々なスタイルが商品化されていますのでご自身のお好みでどうぞ。
但し、頂いた名刺をホルダーに移す時が<活用>のタイミングでもあります。

頂いた名刺の余白や裏には出会った年月日と時間、場所、状況などを記録。
もし個人的な情報があれば、たとえば干支は何、苦手な食材は何、家族は何人、生まれはどこそこ等とメモしておきます。
こうした情報が後日、何かの役に立つことは案外多いものですが、記憶だよりでは所詮、限界があります。書き記しておく癖付けが整理から活用へのつなぎ作業としてことのほか重要となります。

2006年12月17日日曜日

怒りの方法(著者:辛淑玉)

タイトル:怒りの方法
著者:辛淑玉(シン・スゴ)
初版:2004年5月
出版社:岩波新書
700円(税抜)

よくよく考えてみれば<挨拶・名刺・自己紹介>は出会いの3点セットであり、良くも悪くもこれが初対面の第一印象の大元であるのはいわずもがな。

それだけに細心の注意と緻密な計算で挑みたい課題ですが、実際は驚くほどの治外法権扱いです。「毎朝、一生懸命練習しています!」なんて清々しい御仁に出会ったこともなければ、そんな話を小耳に挟んだ経験すらありません。

長かったサラリーマン時代の記憶を辿ってみても、せいぜい新人研修のどこかでちょいちょいとなぞる程度が関の山ではなかったかと思い至ります。
あらためて本当にそれでよいのだろうか?と素朴な疑問が沸き起こります。

誰も彼もがビジネスやプライベートで良い対人関係を築きたいと願いつつ、その具体論の獲得に日夜奔走し、ありとあらゆる手段で挑み続ける現実にあって
その出発点とも言うべきステージになぜ、スポットが当らないのでしょうか?

さわやかで好感の持たれる第一印象を本気で獲得したいと願うならば、まずは入り口である出会いの瞬間の課題に真剣に取り組むべきだと思いませんか。

「あ、どうも。」ではなく「おはようございます。お初にお目にかかります」と言えたほうがどれだけ爽やかでしょうか。

あるいは「えーっとこういう者です」よりは、「私は○○△△と申します。お目にかかれて光栄です」ときちんと言えた方があきらかに賢そうです。

名刺を頂戴したら「ありがとうございます。頂戴します」と言えますか?
どんなに些細なことでもそれがしっかり身につくまでにはそれなり努力と時間が必要です。そしてそれはあらゆる感情表現において問われる課題ではないでしょうか。たとえば、それが「喜び」であれ、「怒り」であっても。

2006年12月16日土曜日

挨拶の使命

いよいよ12月も折り返しを迎え、このあたりからは一気に気忙しさが加速してまいります。個人的には主婦の顔が俄かに表立ってくる頃合でしょうか。

仕事の目処とあれやこれやの調整、それらと同時進行で頭の中を駆け巡る、我が家の年末年始の行事、雑事の段取り。日頃からコツコツやっていれば急に慌てふためくこともない事態に右往左往するのも年の瀬ならではの楽しみの一つ。なんて優雅に眺められるのは、年の瀬ならぬ年のせいでしょうか。

さて、我が家的にここ数日がヤマ場なのは年賀状!及び名刺の整理。
この名刺の扱いに関してのマナーは概ね<授受>・<整理>・<活用>の3段階で捉えることができます。

<名刺の授受>は自己紹介の挨拶とセットで行われることが一般的ですが、意外にきちんと学ぶことがないまま、見よう見真似でそれらしく身についてゆく動作の代表選手のようなところがあります。故に案外、いい加減です。

自己紹介同様に名刺を差し出すのは<下位の者>からになります。

名刺は胸元の高さで両手で持ちます。この時手のひらが上、両手の人差し指から小指までの4本づつの指先を揃えた上に、相手の方から読める向きで、手前側の二隅に親指を添えるような形で差し出します。

とは言え、一般的には双方の交換となりますので、名刺入れをお盆の代わりにして左手に持ち、その上に右手で持った名刺を重ねるようにして差し出します。そしてほぼ同時に差し出された先方の名刺はこの左手の名刺入れの上に頂戴する形で交換という形式が昨今では一般的なパターンのようです。

この時に忘れてならないのは名乗ることです。「はじめまして」と挨拶言葉だけで名刺を差し出すのではなく、明るい笑顔で、自分の声で、自分の名前を相手の目を見ながらしっかりと「○○△△と申します」と名乗ります。

挨拶の使命が自らの存在証明と理解していれば、この徹底に手を抜くわけにはいきません。しっかりと氏名を名乗る、これが使命!

2006年12月15日金曜日

出会いを作る、自己紹介

ビジネスにおける挨拶はまずは名刺交換をベースにした自己紹介から始まりますが、ここには実はいくつかの約束事がちゃんと存在しております。

まず自己紹介は<下位の人>が<上位の人>より先に行うというのが、世界基準ということになっております。

では、上位、下位はいったいぜんたい、何で判断するのかというと基本は次の4つになります。

①年齢が上のほうが上位・<なので若い方から先に自己紹介をしますが、実年齢の判定は見ただけではこのごろ、かなり難しい課題でもありますが、、>

②肩書きが偉いほど上位・<そうは言っても名刺をもらってみないと肩書きは実際のところはわからないのですが、、、雰囲気ってことでしょうか>

③仕事などを依頼する方が下位、されるほうが上位・<これは比較的見分けやすい材料であり、特にビジネスにおいてはこの相関図は明快です。>

④レディファーストで女性が後・<これはやはり欧米中心でしょうか。まだまだ日本にあっては①~③が主たる判断材料であって、女性だからという理由で上位扱いされることはめったになさそうです。>

これらの何を優先させるかはその状況により様々ですが、何某かの手掛りがあるだけでも、随分心強いはずです。あとは臨機応変にそれぞれの状況で実践を積み重ね、自己紹介の達人を目指してみませんか。

年末年始のパーティ会場や新年の賀詞交換会など大勢の方との出会いの場で、スマートな自己紹介が出来れば、きっと有意義な縁が広がります。自分から相手のほうに歩み寄る。そうすることで自分の方が下位であるという印象を作り出すことが出来ます。そうすればこちらから先に自己紹介の挨拶が自然に始められます。出会いは自ら一歩踏み出して会う!これがラッキーの秘訣。

2006年12月14日木曜日

挨拶のタイミング

訪問に際しての挨拶には何度かタイミングがありますが、何回も同じことを言うわけではありません。その都度、状況にあわせた適切な挨拶をするためにはやはり仕込が肝心です。ビジネスとプライベートでは少し趣が変わりますね。

プライベートの場合は基本は3回です。まず、インターフォンを鳴らしてのやり取りがはじめの挨拶。但し、これはあくまでも来意を告げるためなので、長々とした挨拶は不要です。「こんにちわ、○○と申します」で十分です。

2番目は玄関先での挨拶。迎えてくださった相手の目を見て、「お邪魔致します」とか、「本日はお時間を頂きましてありがとうございます」と謝意を伝えます。

3番目がようやく本番の挨拶になります。応接室や客間でのきちんとした口上は案外難しいものです。普段はめったに使わない言い回しも多いだけに、内容に相応しい言葉や言い方を事前に練習をしておくことが肝心です。

「この度はお力添えを賜りまして誠にありがとうございます」であったり、
「本日はお忙しい中、ご無理をお聞き届けくださいまして深く御礼申し上げます」であったり、ここはしっかりした挨拶で訪問の主旨を伝えます。

またこのメインの挨拶においては応接室などの椅子からは立ち上がって、和室の場合は座布団を外して行うという基本動作も重要な課題になります。

一方、ビジネスの場合のタイミングは一般的には2回です。受付や総務の方に来意を告げる時には初対面の場合はあらかじめ名刺を用意しておいて、これを差し出しながら約束の相手の部署名や氏名を告げます。これが1番目。

商談スペースや会議室に案内され、担当者が来られたらここからが本番の挨拶になります。相手の姿が見えたら素早く立ち上がり、正しい立ち方で姿勢を正して、全身で感謝の気持ちを表わします。もちろん穏やかな笑顔のような表情でしっかりアイコンタクトを取り、初対面の場合はお互いの名刺交換から挨拶をスタートさせます。挨拶ひとつも出たとこ勝負では決して様にはなりません。

2006年12月13日水曜日

到着時間へのこだわり

<訪問>に関して京都ならではのこだわりがあるとしたら、それは到着する時間の事かもしれません。一般的なビジネスマナーにおいては約束の時間の前後5分くらいをその適正範囲としている場合が多いようですが、京都的にはほんの少し(2、3分)遅れるくらいをちょうどよしとしています。

それは特にプライベートな訪問に関しての暗黙の決まりごとであって、お迎えする側の直前までの慌しさを考えれば、時間厳守より少し遅れてきてくれた方が有難い!という経験則に基づいた暮らしの知恵的対処方法と言えます。

これを京都では<髪の毛1本くらい遅れる>というような言い方をします。

もちろん10分以上遅れるとなるとこれはもう髪の毛一束ほどになりますので、当然、当初の約束の時間以前に遅れる旨の電話連絡を入れなくてはなりません。

実際のビジネスシーンにおいてはやはり<約束に遅れることはまかりならん!>という時間厳守が前提であり、このため現地への到着時間は必然的に早め!早め!となってしまいます。

その日の天候や交通事情にも左右され、到着時刻を厳密に割り出して行動することが難しい以上、現地に早く到着するのは安全策として当然ですが、ではそのまま直行するかどうかは<訪問のマナー>として思案のしどころ。

時々、とても素直に『道が空いていたので、アッという間に着きました』と約束時間より30分以上も早くお見えになる方もいらっしゃいます。
まあ、1度くらいはご愛嬌で済まされますが、2度3度と重なれば、『何のための約束だ?』と時間管理の甘さだけでなく、結果として相手の時間泥棒と化している身勝手さに思い至らない思慮の無さから信頼を築くことは難しい状況へとひたすら追い込まれることになります。

ここはひとつ、せっかく手にしたゆとりの時間と割り切って、再度身だしなみを整えたり、商談の進行を頭の中で反芻してみたり、あるいは携帯メールなどのやり取りタイムに充当したり、上手に時間を消化して約束の時間ピッタリの到着をめざしたいものです。これも継続すれば立派な武器のひとつになります

2006年12月12日火曜日

信頼を育む心の姿勢

当方の希望日時を懐に持ちつつも、まずは相手のご都合を伺うことが<アポイントメント>の出発点ではありますが、超多忙な方を除けば、実際のやり取りは往々にして思いのほか、のんびりしたものとなります。

だいたいは『週中の午後でしたらいつでもいいですよ』と言ってくださったり、あるいは『来週の月、火以外なら終日、調整可能ですが』というようなお答えであったりします。

この時に『ではいつがよろしいでしょうか?』と手帳を開いたり、カレンダーを眺めながらやり取りを始めるようでは明らかに準備不足となります。
ならばこそ、あらかじめ算段しておいた希望日時をここでスラスラ言えてこそ、大人のマナーの見せ所であり、電話の場合は明らかに時間の節約にもなります。

いくつかの希望日時を即座に具体的にご提案させて頂く事で、是が非でもお会いしたいという思いや姿勢がそこにはしっかりと表れることにもなります。

電話応対のマナーに関してはまたゆっくりと取り上げてゆきますが、滑らかな応対こそが好印象の鍵。そのための事前準備は入念に怠りなくが求められます。

『何時でもいい』といわれた場合、原則食事の時間帯は避けます。また午前中や夕方は何かと忙しいものなので、一般的には昼食の終わった2時頃から3時頃が適当な時間帯といえそうです。

こうして細やかな準備で取り付けたアポイントメントをさらなる信頼獲得の手ががりに育むためには、訪問、当日の気配りが必要になります。

特に初対面の場合は朝1番に本日訪問させていただく旨の確認連絡をしたり、あるいは最寄りの駅に着いた時点で電話連絡を入れたりします。
タイミングは様々ですが、些細な連絡、こまめな連絡は簡単なようでいて意識しておかないとなかなか身につかないもの。だからこそ信頼を育んでくれます。

2006年12月11日月曜日

アポイントメントの心得

おもてなしを供する側だけでなく享受する側にも当然、求められるマナーがあります。今週はそんなあたりを<訪問>の際の課題として整理してまいります。

ビジネスにおいてもプライベートでも、訪問の前提はアポイントメント<面会の約束>を取ることになります。昨今は電話以外にもメールで連絡を取り合うことも増えていますが、手段はともかく、この時に最も注意したいのは相手のご都合を伺うことがアポイントメントの最重要課題という点です。

つい、うっかりするとこちらの都合を何も聞かずに、『某月某日、午後の3時に伺いたいのですが?』と至って自分中心の指示命令のような問い合わせメールが届いたりします。よくよく知っている間柄ならいざ知らず、一般的にはこれではマナー違反に該当すると心得ておきたいものです。

訪問に際しての希望日時はある程度、算段して具体的には3,4案を用意しておかなければなりませんが、まずは先方のご都合を伺うことが優先されます。

たとえば、『○○の件でご相談させて頂きたいのですが、ご都合の良い日時をお聞かせ願えますでしょうか?』であったり、『○○の件でお時間を頂戴したいのですが、、、?』というような言い回しになります。

<自分のための時間>を相手にわざわざ捻出して貰うという考え方に立てば、当然の姿勢であり、これがなければ、対人関係は見事にギクシャクしたものとなります。反対にビジネスの場合もプライベートでもこの視点を忘れなければ、気持ちの良い約束の取り付けが出来る体質が身につくことになります。

またアポイントメントのタイミングは早ければ早いに越したことはありませんが、あまりに待機期間が長すぎる場合は途中確認を入れたり、約束の数日前に再度連絡を入れるなどの配慮があれば申し分ありません。

ビジネスライクなアポイントメントにあっても、こうした心がけがあればこそ感じの良さが設計されると強く自覚して臨みたいものです。

2006年12月10日日曜日

上司が鬼とならねば部下は動かず(著者:染谷和巳)

タイトル:上司が鬼とならねば部下は動かず
著者:染谷和巳
初版:2000年2月
出版社:プレジデント社
1、400円(税抜)

人はどうやら置かれている立場によって見えるものが異なるようです。
特に絶対に揺るがないと信じて止まない自己の価値観でさえ、状況が変わればいとも容易く覆ってしまうことがあります。そのことにいつ気づくか、どうやって気づくかは人それぞれのようですし、気づかぬままもありそうです。

昨日の京都は1日中、冷たい雨が降ったり止んだりしておりましたが、そんな夕方にいくつかの買い物があって車で市内に出かけました。すると傘を差して自転車に乗っている方の怖いこと。ただでさえ、マナーの良くない自転車走行に傘というハンディが加わり、事故が起こらないのが不思議なくらいです。

その一方で、京都検定本番の本日のように朝のうちこそ、すこし凛としつつも
時間を追うごとに穏やかな日差しが降り注ぐ、こんな日には自転車に乗って出かけるお散歩兼お買い物が楽しみであったりもします。そんなときには無理な運転で横断歩道に突っ込んでくるドライバーを横目にわざとゆっくり横断したくなったりもして、運転マナーも如何なものかと申したくなります。

<車の人>である時と<自転車の人>である時の違いだけでも、これほど思うことが異なる次第であれば、立場が違えば見える景色が違い、ゆえに思うことが変わり、考え方が変化すれば価値観が変わるのはむしろ自然な事なのかもしれません。

そんなことを数年に1度、しみじみ思い至らせてくれるのが、読書の持つ大きな価値のひとつと個人的には実感しています。

今日、ご紹介する1冊は発刊された当初、かなり話題になり、ベストセラーになったように記憶しています。それゆえにすぐに読みましたが、かなり不愉快な気分になる内容で、途中で読み飛ばしたり、最後まで読みきれなかった1冊でした。縁あってこの秋頃に再読。驚くほどすべての内容に合点がいきました。

あの頃と今、変わったものの大きさをあらためて実感しつつ、ご紹介します!

2006年12月9日土曜日

仕事の持つ、3つの価値

仕事に取り組む上でその業務に関する専門的なスキルを獲得することはとても重要です。このことに初めて気付かせていただいたのは、大阪・京橋のとある喫茶店のウエイトレスとして、バイトを始めた時でした。

生まれた初めてのアルバイトでしたが、正直言えば、ウエイトレスなんて誰でも出来る簡単な仕事だからとかなりなめてかかていました。ところが実際に始めてみると、トレイの持ち方一つもアレほど難しいとは、思いもよりませんでしたし、間違いなく注文を書き取ることもとても難しいものでした。

何度か、トレイのバランスが崩れてグラスを割りました。あわやそれがお客様の衣服を汚しかけたこともありました。見ているだけなら簡単そうなこともちゃんと出来るようになるためには思いの他、訓練が必要だと知りました。

何より、1日中立っていることがどれほど大変かもその時に生まれて初めて知りました。足が棒になる!という初体験と共に、小さなお店でも行ったり来たりだけで、相当歩く!ということも実感として学びました。

仕事に向き合う姿勢を自分で選ぶことが出来るのが、先週お伝えした『態度価値』であるのに対し、やってみなければわからない!という価値もあります。これが仕事が持っている2つ目の価値であり、これを『体験価値』といいます。

そしてもうひとつ、仕事が持っている価値があります。それは『創造価値』といわれるものです。仕事を通して、その仕事から何かを新しく創造することが出来る!という価値のことをいいます。たとえば、<お茶を入れる>という日常的仕事を茶道という文化に仕立て上げた千利休しかり、ただ切って挿せばよかった生け花から創造された華道しかり、書道、香道しかり。

どのような仕事であれ、その仕事に一心不乱に打ち込んだ誰かに対して、まるでそのご褒美として、仕事そのものが新たな価値の可能性へと導いてくれるのかもしれません。それが仕事が持つ3つ目の『創造価値』です。

仕事が持つ3つの価値に気づいたとき、目の前の仕事に取り組む姿勢が明らかに変化します。貴方の仕事はどんな価値をもたらそうとしてくれていますか?

2006年12月8日金曜日

引き際の美学

案外、対応に困るのが<長居のお客様>への座の切り上げ方でしょうか?
まさか、面と向かって『そろそろお帰りください』という訳にもゆかず、ダラダラと時間ばかりが経過する中、やたらと時計に眼を配るのも露骨ですね。

ビジネスの場合もしっかりした商談内容がある場合は切り上げやすいのですが表敬訪問のご機嫌伺い、様子伺いは見切り具合が難しく、あまりに早いと追い返したような囲気になるため、スマートな対処に頭を悩ませます。

一般的には30分くらいを目安に、電話の取次ぎメモや別の来客連絡を入れてもらう段取りをあらかじめつけておくのが潮時サインの定番でしょうか。
会社によっては30分前後でお茶の入れ替えを心がけておられる処もあり、ひとつのきっかけとしての効果的な対応かもしれません。

自宅の場合は言葉の使い方で雰囲気を変化させるのが効果的です。たとえば、『本当に今日はたのしかったわ!』とか、『おかげさまでよく笑ったわ!』と過去形で話をしながらそろそろおしまいのムードを醸し出します。

あるいは『この後のご予定は?』と伺ってみたり、『バスの時間、お調べしましょうか?』と交通手段の気配りなどが定番のエンディングフレーズです。

特にこれからの季節はヤレ、クリスマスパーティだ、忘年会だと何かと集まる機会が多くなりますが、そんな場合の退け時も催促される前がオシャレと強く自覚したいですね。愉しい時間であればついつい長居をしたくなりますが、お酒の席では時間感覚が麻痺しがち。もう少しいたいな!と思うところで切り上げるくらいが実はナイスタイミングかもしれません。

周囲の反応としては『まだ、いいじゃないですか?』と返ってくる頃合こそがジャストタイミングと心得ておきたいものです。
ダラダラ居座って、せっかくの会を盛り下げないのが大人のマナーの見せ処。

ほんの少し名残惜しいくらいのさわやかな引き際は、実は誰かが誰かに<また会いたい!>と素直に思えるラッキーの種のひとつだと思いませんか?

2006年12月7日木曜日

突然!はマナー違反

【おもてなしのマナー】にあって事前準備がいかに重要かがしっかり理解できていれば、<突然の訪問>は相手にとって、迷惑この上なしと気付けます。

しかし、実際には悪気なく、アポイントなしで訪問されることがしばしばあるのが現実です。休日の朝、寝ぼけ眼でインターホンに出たら、知人の声で『たまたま近くに来たのよ!』なんて言われて、蒼ざめた事がありませんか?

時には『だってアポイントが取れないから強引に来ちゃいましたよ』なんていう屈強な輩もいて、それも見方を変えれば当って砕けろの営業精神のひとつであって捨て身の戦法としては確かに有りといえば有り!なのでしょうが、、、。

原則はビジネスもプライベートもアポイントなしの訪問はマナー違反です。

でも現実に<アポなしの訪問>を受けた場合は、どんなに状況が切羽詰っていても一旦は嫌な顔は見せずに、何はともあれ笑顔で応対します。

但し、仕事の手が離せない状況や先客があるときには、来訪を感謝しつつ、今は時間が取れないことをハッキリお伝えし、『本当に申し訳ありません』とお詫びしてお引取り頂くしかありません。このときには心を込めて『次回はぜひ事前にご連絡を頂きたい』旨、誠意をもってお願いするのが得策です。

あくまでも個人的見解ですが、<突然の訪問>はある特定の層の癖化現象故にとにかく事前連絡を再三、お願いするしか改善策はないようです。

もちろん緊急の場合や、物凄くお世話になっている方でいくらなんでもそのままお引取りいただけない場合はあっさり割り切って応対するしかありませんね。

【お近くにお越しの際はご遠慮ください!】と、たしかそんな愉しい風刺画を漫画家・南久美子さんのギャラリーで拝見した記憶がありますが、たとえ5分前であっても連絡を入れ、アポイントを取るように心がけたいものです。

2006年12月6日水曜日

挨拶の事前準備

考えてみれば、相手にしっかりと向き合う気持ちがあれば、どんな些細なことにも眼が届くようになり、それゆえに事前準備なしの出たとこ勝負では決して事は上手く運ばないということがはっきりと見えてきます。

極端な話、日々の挨拶ひとつも同じ課題を内包しています。

会社に頂いたお土産の報告が義務であるように、たとえば小さな子供であっても毎日きちんと今日あったことを両親に報告するように習慣づけられていると
しかりした挨拶の事前準備とその練習が可能になります。

仮に今日、どこかのお宅の小学生の子供が学校の帰り道にご近所の班長さんの家の前を通ったら、ちょうど玄関の前の掃除していた班長さんの奥さんから美味しそうなキャンディをもらったとします。

そして帰り道で舐めちゃって、キャンディはなくなってしまったけれど家に帰ってからお母さんにこのことをきちんと報告したとします。
するとおそらくお母さんは『あら、よかったわね。今度またどこかで班長さんの奥さんに出会ったら、忘れずに今日のお礼を言うのよ。』「おばさん、この前は美味しいキャンディをありがとうございました!」と教えることができます。しかも時間があれば、挨拶の言葉を一緒に練習して指導の時間にもなります。

そうすれば、翌朝なり、その数日後であってもこの小さな子供は実にしっかりした挨拶が出来ることになります。その結果、班長さん奥さんから『あら、偉いわね、ちゃんとお礼が言えるなんて感心ね』などと褒めてもらったりすれば嬉しくて、次もまたちゃんと挨拶が出来るように頑張ろう!という気分が生まれます。かくして立派な大人への善循環サイクルが回り始めることになります。

報告が如何に大切か!わかっているようであやふやな自覚にしっかりと眼を見開いて向き合わなければ、このサイクルは回り始めることはありません。
取り分け、言いづらい悪いことが即座に報告できるようなら一人前かも、、、。

2006年12月5日火曜日

頂き物の報告義務

お土産を頂戴するシーンは何も自宅のおもてなしのときだけではありません。会社の場合においても何某かのお土産がある場合はおおよそ、早い段階で登場いたしますが、時には商談や打ち合わせが終わって、お帰りの間際になって思い出したかのように頂戴する場合もあります。

たとえば、そんな状況ではついさきほどまでは同席していた上司が所用で外出し、自分しかいないという場合もあります。そんなとき起こりがちな事態としては、ついうっかり、頂いたことの報告を忘れて 職場の仲間で残業時に食べてしまい、そのまま忘れてしまったりすることです。

あるいは総務や受付などの業務に携わっていると、『日頃の感謝です!気持ちだけなので皆さんでどうぞ!』という形でよく来訪されるお客様から担当部署を通さずにお土産を頂戴することもあります。

いずれの場合も肝心なことは、仮に個人に頂いたものであっても会社の組織の一員である立場に対して頂いたという自覚をもって、これを速やかに上司に報告する義務があるという認識の有無です。当然、報告が求められます。

そうすることで次の機会や電話の折などに、上司からお礼を申し上げることができ、更には頂いた部門の長からそのお客様の直接の担当部門の長にも報告が伝わっていれば、そこからもお礼が言えます。こうしたことが重なって初めて『しっかりした良い会社だな』という信頼感が築かれることになります。

会社での頂き物は原則、その場では開けず、奥にさげてからあらためますが、大切なのは【感謝と感想の気持ち】を言葉でしっかりと伝えることです。
頂いたその場で感謝の言葉を言うことは簡単ですが、後日あらためて感想をお伝えできるかどうかは意識して心がけなくては容易ではありません。

特に季節限定やその地域の特産、あるいは入手困難なものや非常に珍しいものなど、、、、。その内容は様々ですが、とても嬉しかったことや、皆で感心した状況など、伝えることが出来れば差し上げた方はとても清々しい気持ちになります。おもてなしの心をこめて、ぜひ実践したいものです。

2006年12月4日月曜日

おもてなしへの情報収集

【おもてなしのマナー】に向き合う現場で、タイミングがいつとは限定しにくいもののひとつに<お土産を頂戴する>という場面があります。

自宅にお招きしている場合はたいてい、お出迎えをして、お部屋へのご案内が済んだ辺りがタイミングかと思われます。昔は『つまらないものですが、、、』とか『お口汚しですが、、、』と謙遜しつつ、控えめな言葉を添えてお土産を差し出したものですが、今は随分と景色が変わりました。

いわく『近所で評判のチーズケーキなんです、ぜひお試し頂きたくて20分も並んで買ってきました』と実に上手にさわやかに恩着せがましかったり。

『季節限定で今しか手に入らない代物です、ご一緒に賞味したいと思って取り寄せましたの』と見事な采配フレーズでおもたせの強要も決して嫌味には聞こえないから不思議です。『出来たら紅茶が合うかしら!』とくればかなりの強者。
こんな場合に、『紅茶は切らしていますので、、、』とモゴモゴと言い訳モードになるのも妙に悔しいものだったりします。

となればこそ、あらかじめお招きするお客様の趣味や嗜好についての情報収集やそれに合わせた準備の必要性にあらためて、おもてなしの心意気が問われることに思い至ります。

実はこの究極の形こそが、京都のおもてなしにあってよく誤解されてしまう
【一見さんのお断り】の精神でもあります。見ず知らずのお客様が突然お見えになって、何ひとつ情報もないまま、どうやっておもてなしができるのでしょうか?という実に本質的かつ素朴な問いかけがそこには存在しています。

性別、年齢、食べ物の好き嫌い、お好きなお酒、最近では和室でも椅子席希望が激増する中、お望みのしつらいに、ご趣味にあわせたお部屋の演出、ご予算、などなど情報があればこそ、そのおもてなしの精度を上げることが可能です。

フランクな間柄では『粗品ですが、、』なんて言おうものなら、『じゃ、いらない。持って帰って!』と言える楽な時代ですが、それとは異なる眼差しが一方で確かに存在し、そして求められているのも真実です。

2006年12月3日日曜日

「稼ぎ力」ルネッサンス(著者:渋井真帆)

タイトル:「稼ぎ力」ルネッサンス
著者:渋井真帆
出版社:ダイヤモンド社
1、470円(税抜)

社会人になって間もない頃の仕事といえば、それこそ、<そうじ、お茶汲み、コピー>の新人3種競技の連続でしたが今時はどうなのでしょうか?

当時は会社の始業時間がどこもだいたい、8時か8時30分!早かったのです。
なのでその1時間くらい前には出勤して、机を拭いたり、ゴミ箱のごみを捨てにいったり!が新入社員、初年度1年間の毎朝の至上命題でした。
サボるなんて恐ろしくて出来ないくらい怖い先輩が大勢いらっしゃり、その皆様の実に厳しく油断ならない指導のおかげでなんとかクリアできた次第です。

そういえば、掃除機なんて代物はまだどこの職場にもなく、箒で床を掃いていました。今のように分煙!なんて思考すらない時代だけに愛煙家の机にはマイ灰皿が置かれていましたし、その灰が机のそこかしこに飛び散っておりました。

それから大きなヤカンでお茶を沸かして、給茶機に入れて、職場の皆さんが1日中、いつでもお茶が飲めるように、これも新人の重要な仕事のひとつとして1日に何度も何度もお茶を沸かしておりました。来客や会議となれば、この給茶機のお茶ではなく急須にお湯を注いでその都度、お茶を入れては給仕するのもたいていは新人のしかも女子限定の仕事でありました。
考えてみれば自動販売機が職場に導入されるずっと以前の実話です。

それなりに立派な学校を出してもらって、こんなことするために会社に入ったわけじゃないわよ!とトットと転職できるほどの度胸も能力もなく、かといって将来の伴侶探しが目的ですから仕事なんかどうでも良いので、ちょうどいいわ!と割り切れるほどアッケラカンともしておらず、、、こんなはずじゃないよ!と悶々とした日々が確かに存在し、多くの人はどうしてよいのかわからぬままに社会に仕事になんとなく慣れてゆくのかもしれません。

<能力もないのに生意気で、やる気なし、根気なし、文句ばっかり>ご自身のそんな体験を素材にしながら、仕事に向き合う本質をたのしくわかりやすく解明してくれる1冊をご紹介します。

2006年12月2日土曜日

仕事の価値を決めるもの

どんな仕事にも価値があるということがしみじみ実感としてわかってくるのは、やはりそれなりに年齢を重ねなくてはならないようで、そのことを言葉で表わすのは存外に難しいものだったりします。

でも有難いことに様々な寓話や物語が、その手助けをしてくれます。

仕事の価値を考えるときによく引用するのが、【レンガ職人の話】です。

舞台はどこかヨーロッパのとある小さな街。
状況はその街を旅行者として訪ねた貴方が天気の良い昼間に散策中の出来事。

街角で一生懸命にレンガを積んでいる職人達を見つけました。
思わず貴方は一人の職人に声をかけます、『ねえ、何をしているのですか?』
するとその職人は背中を向けたまま、レンガを積む手も止めず、荒っぽい声で『見りゃわかるだろう!レンガを積んでいるのさ。邪魔しないでくれ』

冷たい後姿に『ごめんなさい』とつぶやくように言うと、貴方はその場をはなれ、少し先でまた別のレンガ職人の姿を見つけました。いったい何を造っているのかしら?興味が押さえきれず、またもや声をかけてしまいます。
今度はゆっくりとこちら振り向いたレンガ職人が呑気に答えてくれました。
『よく知らないが、かなり立派な建物らしいよ!』貴方はお礼を言ってそこを離れました。何の建物かしら?もうひとりだけ、聞いてみようと思います。

最後の職人に貴方が同じ質問を投げかけたとき、その職人はくるりと勢いよく振り向き、明るい笑顔で胸を張って誇らしげにこう答えてくれました。
『よく聞いてくださいました。実はこの建物はこの街の皆が、長い間待ち望んでいた街一番の教会なのです。そりゃもう立派な建物ですよ!その素晴らしい教会のレンガを私が今、積んでいるのです。完成が楽しみです!』

レンガを積むという仕事は同じですが、その価値は【仕事にどう向き合うか】によってこれほどの違いをもたらします。
仕事が持っている価値のひとつとしてこれを【態度価値】といいます。

2006年12月1日金曜日

1杯のお茶のおもてなし

沢山の作法があるので案外、難しいのが【お茶の入れ方】です。
とは言え、会社の場合はパントリーの状態や常設器具やら、備品との関わりから種類や扱い方が決められているはずなので、基本はそれをしっかり理解して実践することが求められます。なので原則は自己流ではなく会社流!

そこで本日は金曜日の【ラッキーの種】らしく、むしろ【お茶を入れる】ということに問われる姿勢について、歴史上の人物の実話なんぞをなぞりながら人生の運みたいな観点から、ソレに向き合ってみたいと思います。

私流で申せば、お茶で人生が決まちゃった筆頭はなんと言っても石田三成になります。滋賀県のとあるお寺に小僧として下働きの手伝いをしていた幼い頃の三成のもとに、戦帰りで疲れ果てた武将、後の豊臣秀吉が立ち寄り、お茶を所望する有名なお話があります。簡単にかいつまんでみますと、、、、

三成は秀吉の疲れきった様子をみて、1杯目には大きな茶碗で冷たい水をなみなみと運んでゆきます。それを一気に飲み干した様子を見て、2杯目には少し小ぶりの器でぬるめのお茶を用意します。更にそれも一息に飲んで人心地付いた様子を見て、3杯目は小さな茶器に熱い美味しいお茶を用意します。

子供ながらも、このお茶のもてなしの見事な心配りのほどに驚愕した秀吉が一方ならぬ器量と才覚を見込んで、三成を連れ帰ることになります。
やがて、秀吉の知恵袋と称された参謀、石田三成の人生はここから始まる次第です。まあ、見方によっては何とも小賢しい!のではありますが、さすが!でもあり、徳川家康と天下を取り合うだけの器の片鱗は窺い知れます。

どのように入れてもよいお茶、どんな飲みかたをしてもよいお茶を茶道という文化に仕立てあげたのは千利休ですが、お茶に向き合う姿勢の原点に相手をもてなす気持ちをしかと注ぎ込めた点では同じかもしれません。

たった1杯のお茶のおもてなしで人生はどうなる事やら!
ラッキーの種はそんな日常にもいっぱい潜んでいそうな気がしませんか?