2007年2月2日金曜日

結果への種蒔き

連日の暖冬異常気象にどうもただならぬ気配を懸念しておりましたら、まるで『余計なことを心配センでもよろしい!』といわんばかりの本日の雪景色。

昨晩の天気予報を聞きながら、そんなに急に雪が降るのかしらという疑惑の眼差しなど、お構いなしの現実の展開にただただひれ伏すのみの気分です。

おかげさまで京都市内の各地で執り行われる予定の節分行事のあれこれが、大いにそれらしい舞台装置を得ることになりました。あければ節分のこのタイミングにこの段取りの見事さは自然の采配なればこそ。人智の及ばぬ処です。

そう思えば、これまでにも幾度となく『人事を尽くして天命を待つ』気分に追い込まれてまいりましたが、ちょうどこの時期には多くの方の心の拠り所になる姿勢の代表選手がまさにコレかもしれませんね。

一応、やることはやったと内心、密かに胸をはれるときもあれば、もうすこしやっとけばよかったとがっくり頭を垂れるときでさえも、表向きにはこの言葉でもって、結果に向き合うその瞬間までをやり過ごしてまいりました。

ちなみにちっとも人事を尽くしていないのならば、図々しく天命を待ってはいけないのですが、どこか結果オーライを期待する姑息さは未だにことの本質を理解していない未熟さゆえと反省したいものです。

何はどうあれ、どう暴れたって、言い訳したって、結果は後からついてくるもの。この揺ぎ無く、かつ簡単な事実にしっかりと気付いているか、否か。
最近、順調な方も、どうもイマイチな方も今日という日は過去の積み重ねにおいて本日ここにもたらされた結果という見方が出来るかどうかという話です。

豆まきで福を願う節分の時期なればこそ、この1年の福を呼び込む体質確保のための考え方の点検機会として、しばしご自身と向き合ってみませんか。
そうすれば、ラッキーの種まきはいつだって出来ることにも気付きます。

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