2007年3月29日木曜日

空気の読み方入門

『お急ぎでしょうか』と尋ねた言葉への返球をどのように受け止めようとしているのか。その姿勢そのものが問われる課題がこのあたりにありそうです。
あらためて、その<返事>と<言い方>にほんのすこし、真剣に耳を傾けてみれば、受話器の向こうの気配が案外、よくわかることに気付きます。

あるいはそれを意識して、さらに注意して<よく聞く>ことで、<ただの間>としか思えなかったものに何某かのメッセージが含まれていることに気付くことが出来るようになるのかもしれません。

それはお互い様にしっかりと耳を傾けていればこそ、感じることが出来る気配のようなもので、微妙な空気の振動メッセージとでも呼べばよいのでしょうか。

物言わぬ、わずかな沈黙の隙間に<いかにも困ったな>という風情もあれば、<どうしたらよいか>という思案の吐息もあれば、<また掛けなおしか>というあきらめの迷惑モードもあります。

それらはそのときその場で千差万別ながらも、たしかにその瞬間にそこに誕生する気泡のようなもので、誰かがスッと掬い上げてくれるのを、すなわち聞き手の反応をさながら待っているかのようにも受け止められます。

そしてそれに皆目見当が付かないということは、本来、有り得ないのではないでしょうか。顔色しかり、声音しかり、人はいつも全身で語りかけています。

ただ、かすかに感じつつも、それをさほど大事なことだとは気付いていないが故に気付かぬ素振りで、見逃してしまうのが実態ではないでしょうか。
これもまた人間の<なんとなくわかる>能力のひとつであるならば、この先には間違いなく<場の空気が読める>という技が君臨していそうです。

となれば、ここは絶好のトレーニングチャンスの到来という次第。<伝言の有無>を問いかけてみれば、その反応から<読み>の答えがすぐに貰えますね。

0 件のコメント:

コメントを投稿