10月も終盤を迎え、紅葉便りがそろそろ気になる頃、秋の虫の音色がだんだん
遠のいてゆきます。我が家は京都御所のすぐ近くなので、夜毎の愛犬のお散歩タイムがちゃっかり、御所の虫の音コンサート拝聴も兼ねていたりします。
やがてしんしんと静寂だけに包まれる頃、随所に点在する大銀杏が見事な景観を見せ始めることになり、紅葉のオーケストラが姿を現します。
さて、公共マナーの乱れに伴い、京都御所内のそこかしこに設置されていたゴミ箱が撤去、集約されて早や5年以上にもなるのでしょうか?ゴミ箱があるから、ごみがあふれかえる状況へのかなり切迫した対処ではなかったかと推察しますが、ようやくごみは持ち帰るが鉄則になりつつある昨今、京都市は今月からのごみ収集袋の有料化もあって、ますます一人ひとりの自覚に根ざした取り組みへの期待が問われる段階といえそうです。
そこで老若男女を問わず、自覚に根ざした取り組みに期待したい事柄として公共スペースでの【声の音量】を問いかけたいと思います。ここ数年、いつのまにか通勤ラッシュとは無縁の生活パターンになり、その分、昼間の地下鉄・バス・私鉄各線の利用頻度が高まる中、一番、ビックリしたのはボリューム調整機能を持たない大きな声で繰り広げられる仲間内の会話!でした。
空いているバスなどでこういうケースに遭遇すると、あえて聞き耳をダンボのように欹てずとも、らくらく人様のプライベートなお話が伺えちゃう特典付きでもあります。こういう事態を安定供給してくれるのは、やはり高校生がダントツのようですが、大の大人も捨てたものではないので困ったものです。
どこの何がどう美味しいとか、どこの店がどんなサービスをしてくれるとか、このあたりなら罪がなくてよいのでしょうが、先生の誹謗中傷や授業内容のいささか突っ込んだ話になってくると、実名なども容赦なく飛び交うだけに、いささか事態は様相を変えることになります。加えて制服だったりする場合はダメージは学校評価にも直結します。では私服なら構わんのか!ではなく、こちらも路線によりある程度は察しのつくケースもあり、指導の限界なのか、放棄なのか、いずれにしても先生方が目指しておられる姿とはかけ離れた状況へと加速邁進するプロセスに相成ります。それでなくても今、大変だとは思いますが、、、、、。
適正音量への指導はいつから、どこで始めればよいのか、きちんと考えなくてはいけない大きな課題のひとつと重く受け止めています。ちなみにビジネスマン各位も案外堂々と大きな声の車中会話で、そんなこと言っていいの!を連発されておられます!
壁に耳あり、障子に眼あり!
0 件のコメント:
コメントを投稿