2006年10月30日月曜日

咄嗟の一言

公共マナーにもの申す以上、当方にも自覚と実践が問われますが、急ぎ改善が求められるものとして、【道を行く見ず知らずの人と人がすれ違いざまに軽くぶつかったりするような、偶発的接触時の咄嗟の対応のあり方】が課題です。

大都会であればあるほど悪気なく人と人は不本意ながら触れ合わねばならない機会にしょっちゅう遭遇します。満員電車しかり、コンビにしかり、先日やっと拝見できた平日なのに大盛況のプライスコレクションしかり。

混み合う場所での公共マナーについては、つくづく習慣の重要性に言及したいと思います。それは、たとえば悪気なくすれ違いざまに誰かと自分の肩と肩がほんのわずかであれ、ぶつかったとき、咄嗟にわびる言葉が出るか出ないかの
身体的反応への問いかけという意味になります。

正直に申せば、ここ数年、気になりつつも実践できない我が身があります。
そしてそれは総じて、日本人全体の課題でもなかろうかと思い至ります。
たとえば、どこかの改札口で、あるいはランチで混み合う食堂で、はたまたバーゲンセールのごったがえす人混みの中で、誰かと軽く接触したとき、何某かの謝罪の言葉がスンナリと出てきますか。出せておられますか?

公共マナーとしてぜひ、見習いたいのは、状況はどうであれ、理由すら問わずに、その瞬間に、『ソーリー』とあっさりと謝罪の言葉が出るアメリカ型の体質でしょうか。それはおそらく、見知らぬ者同士の不要な諍いを未然に防ぐための狩猟民族系ならではの基本の処世術の伝承の成果と思われます。

先日、やや急ぎ足で四条通りを東に向かって歩いているときに、同様に急ぎモードで西を目指す、見ず知らずの女性とよけたつもりの最後の瞬間に右手の甲と相手のおそらく左手の甲が瞬間、カツン!と接触しました。

痛い!とこちらが感じた以上、相手も痛かったはずなのに、振り向きもしないで遠ざかる背中に内心、チッ!と舌打ちしている自分がいて、『あーー、まただ!まだダメだ』となんとか反省はするものの技には至らぬ不甲斐無い状況です。『失礼』と咄嗟にさわやかに言葉が出せるようになりたい!四の五の言わずに不愉快を瞬間に主体的に消化する癖付け獲得をしたいと願う日々です。

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