我が家に届く、昨日の朝刊の一面には<あるある大辞典の関テレ謝罪>・納豆ダイエットで捏造・架空データ6ヵ所というショックな見出しが躍っておりました。せっかく毎朝・毎晩、番組の仰せの通りに挑戦してきたのに!と恐らく沢山の方ががっくりこられたことと推察いたします。
報道によれば、この納豆ダイエットは7日放送分でしたが、私個人の手帳の記録によれば、そこから3、4日ほどして、近所のスーパーから納豆が草々に姿を消す傾向が出始め、そのことが新聞紙面を賑わせたのがちょうど1週間後のことだったはず。寒天もそうだったな、とかそういやにがりも同じ運命の舞台にいたなという感慨を持ちつつも、報道の威力に関心していた頃合です。
1月12日にとある企業で商談中、なぜかそこにいたメンバー全員が朝晩納豆ダイエットを実行中と判明し、大笑い。その頃は恐らく京都市内のどこに行っても納豆が入手困難な事態にあったと思われます。
ほとぼりが冷めたら再開しましょう!などと軽く決意を交わして別れましたがこんな事態になるとは夢にも思わず、全くもってお粗末な人騒がせの顛末です。
仕事仲間のひとりは「効果覿面です!」とその威力にかなりご満悦の様子でしたが、これってすなわち、プラシーボ効果(偽薬)なのでしょうか?
それにしてもTV・新聞・雑誌など公共性の高いメディアに対して、露ほどの疑いも持たずに信じ込んでしまう傾向はいったいどこで育まれたのか。
他人事でなく我と我が身のこととして思案の深まる状況です。
その意味では<情報は鮮度>と共に信憑性なり、信頼の裏づけとしての【出典】表記が重要になります。いつどこで、どうやって手にした情報なのか、書物からの引用なのか、映画の台詞なのか、それこそTVで放映されたのか。すべてを正確に記録することは難しくても意識して向き合いたい命題のひとつです。
それなのに、【ナポレオンの朝が苦手説】は何かの研修で聞いた話としか、思い出せませんが、、、トホホ。
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