沢山の作法があるので案外、難しいのが【お茶の入れ方】です。
とは言え、会社の場合はパントリーの状態や常設器具やら、備品との関わりから種類や扱い方が決められているはずなので、基本はそれをしっかり理解して実践することが求められます。なので原則は自己流ではなく会社流!
そこで本日は金曜日の【ラッキーの種】らしく、むしろ【お茶を入れる】ということに問われる姿勢について、歴史上の人物の実話なんぞをなぞりながら人生の運みたいな観点から、ソレに向き合ってみたいと思います。
私流で申せば、お茶で人生が決まちゃった筆頭はなんと言っても石田三成になります。滋賀県のとあるお寺に小僧として下働きの手伝いをしていた幼い頃の三成のもとに、戦帰りで疲れ果てた武将、後の豊臣秀吉が立ち寄り、お茶を所望する有名なお話があります。簡単にかいつまんでみますと、、、、
三成は秀吉の疲れきった様子をみて、1杯目には大きな茶碗で冷たい水をなみなみと運んでゆきます。それを一気に飲み干した様子を見て、2杯目には少し小ぶりの器でぬるめのお茶を用意します。更にそれも一息に飲んで人心地付いた様子を見て、3杯目は小さな茶器に熱い美味しいお茶を用意します。
子供ながらも、このお茶のもてなしの見事な心配りのほどに驚愕した秀吉が一方ならぬ器量と才覚を見込んで、三成を連れ帰ることになります。
やがて、秀吉の知恵袋と称された参謀、石田三成の人生はここから始まる次第です。まあ、見方によっては何とも小賢しい!のではありますが、さすが!でもあり、徳川家康と天下を取り合うだけの器の片鱗は窺い知れます。
どのように入れてもよいお茶、どんな飲みかたをしてもよいお茶を茶道という文化に仕立てあげたのは千利休ですが、お茶に向き合う姿勢の原点に相手をもてなす気持ちをしかと注ぎ込めた点では同じかもしれません。
たった1杯のお茶のおもてなしで人生はどうなる事やら!
ラッキーの種はそんな日常にもいっぱい潜んでいそうな気がしませんか?
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